BCPとは、自然災害や感染症流行などの非常事態においても、事業を継続していくための事業継続計画のことを意味します。
コロナの大流行を受け、2021年の介護報酬改定によって、すべての介護事業者はこのBCPを策定することが義務となりました。
今回は、介護事業者が策定すべきBCPについて、その目的や策定するメリット、作成のポイントなどについて解説します。
目次
BCPとは、「Business Continuity Plan」の略称のことで、日本語では「事業継続計画」と訳されます。
自然災害や感染症の流行、あるいはテロ行為といった危機的な状況は、いつ起こりうるか分かりません。
そのような非常事態でも損害を最小限に抑え、重要な業務の継続や早期復旧を可能にするために、方針や体制、手順などを示した計画が、BCPです。
具体的な取り組みとしては、
・各担当者を決めておく
・連絡先を整理しておく
・必要な物資を整理しておく
・上記を組織で共有する
・定期的に見直し、必要に応じて研修や訓練を行う
などが挙げられます。
BCPは防災対策と混同されがちですが、防災対策の目的が人命安全や資産保全である一方、BCPの最大の目的は優先業務の継続であるという違いがあります。
令和3年度の介護報酬改定において、すべての介護事業者にBCPを策定することが義務付けられました。
義務化された背景には、大規模な自然災害の増加や世界的な新型コロナウイルス感染症の流行などがあります。
介護事業は、利用者やその家族の日常生活を支えるためになくてはならないものです。
災害や感染症流行などの非常時にサービスが中断されてしまうことは、利用者にとって致命的な問題となります。
不測の事態においても必要な介護サービスを提供できるよう、介護事業におけるBCPの策定が重要視された結果、義務化になったといえます。
なお、BCPの策定には相当の準備を要することから、3年間の経過措置期間が設けられています。
介護事業者は2024年3月31日までにBCPを策定しなければなりません。
2021年の介護報酬改定では、次の5つの項目が柱として挙げられました。
①感染症や災害への対応力強化
②地域包括ケアシステムの推進
③自立支援・重度化防止の取組の推進
④介護人材の確保・介護現場の革新
⑤制度の安定性・持続可能性の確保
参考:厚生労働省
このうち、「①感染症や災害への対応力強化」において、BCPの策定が義務付けられています。
2021年の介護報酬改定について、詳しくは令和3年・2021年度介護報酬改定の情報まとめ!注目ポイントは?を参考にしてください。
介護事業者がBCPを策定する目的として、緊急時の対応を明確にして職員や利用者の心身を守ること、緊急事態においても事業を継続することが挙げられます。
BCP策定の目的は緊急時の優先業務の継続であると前述しましたが、これは「職員や利用者の安全」を大前提としてのものです。
介護サービスを利用する高齢者や40歳以上の特定疾病を持つ方は抵抗力が弱く、自然災害や感染症の流行により被害を受けるリスクは決して小さくありません。
また、非常事態が発生した際、通常とは異なる環境下でサービスの提供を継続するため、職員の負担が大きくなることも危惧されます。
BCPを策定して事前に緊急時の対応を周知しておくことは、利用者や職員の心身の安全を守るために、大きな意味を持ちます。
BCPの策定は、緊急事態においても事業が継続できるようにしておくことに重きをおいています。
特に介護事業は利用者の生活を左右するエッセンシャルワークでもあるため、有事の際にこそ継続が求められます。
自然災害や感染症が発生した場合、これまでと同じように事業を行うことは容易ではありません。
困難な状況下においても事業を継続していくためには、業務に優先順位をつけた上で従業員の間で周知し、事前に備えておく必要があります。
非常事態にも事業が継続できる体制を整えておくために、BCPの策定が求められるのです。
従来のBCPは、“非常事態”として主に大規模な自然災害を想定する内容のものでした。
しかし、新型コロナウイルス感染症の流行下では事業が完全に中断した企業も少なくないことから、感染症流行を想定したBCPを策定することが重視されています。
自然災害と感染症では考慮するべき内容が異なるため、同じBCPでも、災害BCPで感染症BCPとして対応することはできませんし、その逆も然りです。
災害BCP、感染症BCP、それぞれの特徴についても押さえておきましょう。
災害BCPとは、地震や水害などの大規模な自然災害を想定して策定するBCPです。
厚生労働省が発表しているガイドラインでは、自然災害BCP策定のポイントを次のように定めています。
・正確な情報集約と判断ができる体制を構築
・自然災害対策を「事前の対策」と「被災時の対策」に分けて、同時にその対策を準備
・業務の優先順位の整理
・計画を実行できるように普段からの周知・研修、訓練
引用:厚生労働省
災害BCPでは、利用者や職員の安全確保と物的被害の軽減に加え、重要業務の優先的な継続および早期復旧を目的としています。
大規模な災害時に被害が想定されるのは、人的被害や施設設備の破損、あるいは社会インフラ(電気・ガス・水道)への影響などです。
被災した状況下でも事業を継続するために、設備や社会インフラへの備え、優先業務の整理などの体制整備が求められます。
有事の際は迅速に対応できるよう、普段からの周知や訓練を行っておくことも災害BCPのポイントのひとつです。
また、自然災害は被害範囲が限定されるため、被災時に他の施設との連携によって事業を継続できるよう、連携体制の構築も必要となります。
感染症BCPとは、感染症が流行した場合を想定して策定するBCPです。
厚生労働省が発表しているガイドラインでは、災害BCPとの違いとして、感染症BCPの特徴を次のように示しています。
・情報を正確に入手し、その都度、的確に判断をしていくことが重要
・業務継続は、主にヒトのやりくりの問題
・感染防止策が重要
引用:厚生労働省
この特徴を踏まえた感染症BCP策定のポイントは次のとおりです。
・施設・事業者内を含めた関係者との情報共有と役割分担、判断ができる体制の構築
・感染(疑い)者が発生した場合の対応
・職員確保
・業務の優先順位の整理
・計画を実行できるよう普段からの周知・研修、訓練
引用:厚生労働省
感染症BCPでは、感染拡大を防止すること、介護事業所内で感染者が出た場合でも優先業務を継続していくことが目的となります。
特に新しく発生した感染症の場合、動向を正確に予測するのは容易ではありません。
感染症の拡大を防ぎ命や事業を守るためには、正確な情報を入手し適格な判断を下す体制を構築しておく必要があります。
感染症は自然災害発生時よりも被害が長期間に及ぶ可能性が高いのも特徴です。
職員の感染リスクや社会的責任などを考慮しながら、事業継続レベルを判断していかなければなりません。
また、感染症流行下において、大きな被害を受けるのは人的資源です。
職員が感染してしまったり、あるいは働き方が制限されたりすることで、人手不足になる危険性をはらんでいます。
感染拡大を防ぎながら優先事業を継続していくために、感染(疑い)者が発生した場合の対応策を準備しておくことや、充分な人員を確保しておくことが求められます。
なお、大前提として、感染拡大を防ぐための感染症対策も重要です。
介護事業者で感染者が出た場合、罹患した高齢者が重症化したり、施設内でクラスターが発生したりするリスクも高まります。
感染拡大防止に重きを置くことは、感染症BCPの基本となります。
介護施設がBCPを策定することのメリットとして、次の3つが挙げられます。
①補助金や助成金を受け取れる
②節税優遇や金融支援が受けられる
③感染症発生時にワクチンの優先摂取を受けられる
順番に解説します。
策定したBCPを実施するにあたっては、必要な物資や備品を用意する必要があります。
例えば、自然災害時の稼働を目的とした自家発電装置や蓄電池、感染症対策に用いるマスクや消毒液、非常食や簡易トイレといった備蓄品などです。
このような必要物資を購入した場合、かかった経費の一部を自治体から補助金や助成金として受け取ることができます。
BCPの実施において受け取れる助成金の概要として、東京都の例を見てみましょう。
助成対象者 | 都内において1年以上事業を営んでおり、次のいずれかの要件を満たした上でBCPを策定した中小企業者または中小企業団体 ・公社が実施するBCP策定支援事業による支援 ・中小企業庁「事業継続力強化計画」の認定 |
助成対象経費 | 策定されたBCPを実践するために必要な設備・物品の購入および設置にかかる経費 ①自家発電装置・蓄電池 ②安否確認システム ③感染症対策の物品 ④従業員用の備蓄品 ⑤土嚢、止水板 ⑥耐震診断 ⑦転倒防止装置等 ⑧データバックアップ専用のサーバ(NAS)、クラウドサービスによるデータのバックアップ ⑨BCPの補完として実施する自社業務の基幹システムのクラウド化 など |
助成率 | 中小企業者等の2分の1以内、小規模企業者3分の2以内 ※電力の確保に資する設備の導入経費については5分の4以内 |
限度額 | 1,500万円(下限額10万円) ※限度額1,500万円にはクラウド化の費用(助成限度額450万円)を含む |
参考:東京都
補助金や助成金の対象となる経費の具体例は自治体によって異なるため、各自治体の公式サイトなどで確認するようにしてください。
BCPを策定するにあたって防災・減災対策計画を作成することで、国から事業継続力強化計画の認定を受けることができます。
この認定を受けた中小企業や小規模事業所は、税制上の優遇措置や金融支援を受けることが可能となります。
節税優遇として利用できるのが、中小企業防災・減災投資促進税制です。
中小企業防災・減災投資促進税制は「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度」とも呼ばれ、事業継続力強化計画の認定を受けた介護事業者は防災・減災設備への投資に対して特別償却20%の税制措置を受けることができます。
対象となる設備には次のようなものがあります。
・機械装置(100万円以上)…自家発電設備、排水ポンプ、制震・免震装置、浄水装置、揚水ポンプ等
・器具備品(30万円以上)…サーモグラフィ、免震ラック、衛星電話等
・建物付属設備(60万円以上)…止水板、制震・免震装置、防水シャッター、貯水タンク、排煙装置等
参考:中小企業庁
金融支援としてまず挙げられるのが、信用保証枠の追加です。
事業継続力強化計画の実施において金融機関から融資を受ける際、普通保証とは別枠の追加保証を受けることができます。
また、設備の投資に必要な資金について、貸付金利を引き下げた低利融資を受けることが可能です。
さらには、津波や水害、土砂災害の対策が求められる地域の介護事業所においては、必要な設備投資にかかる資金の貸付金利が引き下げとなります。
BCPの策定により認定を受けた介護事業者は、新型インフルエンザ等対策特別措置法において、登録事業者となります。
登録事業者とは、医療の提供または国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者のことです。
登録者になることで、感染症拡大の際にワクチンを優先的に接種することができます。
介護事業におけるBCPの策定にあたり、具体的には次のような記載事項があります。
①総論 | 基本方針、推進体制、リスクの把握(ハザードマップの確認など)、優先業務の選定、研修・訓練の実施、BCPの検証・見直し |
②平常時の対応 | 建物・設備の安全対策、電気・ガス・水道が止まった場合の対策、通信が麻痺した場合の対策、システムが停止した場合の対策、衛生面の対策、必需品の備蓄、資金手当て |
③緊急時の対応 | BCP発動基準、行動基準、対応体制、対応拠点、安否確認、職員の参集基準、施設内外での避難場所・避難方法、重要業務の継続、職員の管理、復旧対応 |
④他施設との連携 | 連携体制の構築、連携対応 |
⑤地域との連携 | 被災時の職員の派遣、福祉避難所の運営 |
⑥通所・訪問・居宅介護支援各サービス固有の記載事項 | – |
参考:厚生労働省
「①総論」では、事業としての基本方針を決定し、どのような場面で誰がどんな行動をとるべきかなどを整理しておきます。
そのために、リスクの把握や優先業務の選定、PDCAサイクルの実践が必要となります。
「②平常時の対応」となるのが、想定するリスクの種類に応じた安全対策の実施や、災害時に必要となる備蓄品などの確保です。
水道・電気・ガスといったライフライン等の事前対策も平常時の対応に含まれます。
「③緊急時の対応」では、災害発生時の初動対応として安全確保や被害点検の方法を検討します。
また、介護サービスを継続するための対応策や中断した場合の代替策、復旧のための対応などを時系列でまとめておくことも重要です。
この際、職員の出勤率やライフラインの状態を踏まえ、さまざまな状況下における対応策をまとめておくことが求められます。
「④他施設との連携」「⑤地域との連携」では、単独での事業継続がむずかしい場合を想定し、近隣の法人や所属団体を通じての協力体制の整備、地域での協力体制の整備など、他施設や地域との連携体制の構築について記載します。
連携先と行う共同訓練や、災害派遣福祉チームへの登録などについても検討します。
さらに、「⑥介護支援各サービス固有の記載事項」として、通所系、訪問系、居宅介護支援など各介護サービスにおける平時からの対策や緊急時の対応についてまとめます。
このように、基本方針や優先業務をはじめとして、平常時の対応から緊急時の対応、他施設や地域との連携にいたるまで、詳しく記す必要があります。
介護事業者がBCPを作成する場合、ポイントとなるのは次の3つです。
①災害や感染症による被害を最小限に留める方法を模索する
②災害や感染症発生時でも事業を継続させるための方法を具体化させる
③災害や感染症発生後に早期の復旧をするための対策を講じる
順番に解説します。
まずポイントとなるのは、災害や感染症による被害を最小限に留める方法を模索することです。
介護事業は利用者とその家族の生活のためになくてはならないものです。
非常事態においても可能な限りの事業を継続していくのはもちろんのこと、大前提として被害を最小限に留める必要があります。
そのための手順として、ハザードマップを確認し、災害時のインフラへの影響など想定することで、非常時にどのような事態が起こりうるかリスクを把握することが求められます。
リスクを正しく把握することで、建物や設備の安全対策を講じたり、緊急時の安否確認方法を明確にしたりするなど、平常時や緊急時に必要な対応がより明確になります。
緊急事態においても介護事業を継続させるための方法を具体化させることも、BCP策定における重要なポイントです。
優先度の高い業務を選定したうえで、優先業務を継続させるために平常時、緊急時における対応を明確にすることが求められます。
「事業を継続させるための方法の具体化」とは、社会インフラが中断した場合の代替手段の確保方法を明確にしたり、事業の継続に必要な備品を備えたり、あるいは災害や感染症発生によって職員が足りなくなった場合の人員確保の手段を講じたりといったことが挙げられます。
万が一災害や感染症によって事業が中断してしまった場合を想定して、早期復旧のための対策も講じなければなりません。
この際、事業を継続させる方法を具体化させる場合と同じく、まずは重要度の高い優先業務から復旧を目指すことが基本となります。
どれくらいの時間で復旧させるのか、どのレベルまで復旧させるのかを検討し、復旧作業が円滑に進むよう、破損箇所の把握や各種業者の連絡先を事前に整理しておきます。
また、復旧のための資金を確保しておくことも、対策のひとつとなります。
ここまで、BCPの記載事項や作成のポイントなどについて解説してきました。
具体的にどのように作成を進めればよいのかわからない、という場合は、厚生労働省の公式サイトで公開しているBCP作成支援のひな形を活用するとよいでしょう。
BCPの種類や介護サービスの形態ごとに例示入りのひな形も用意されているため、作成の参考にしてみてください。
介護報酬改定によるBCP策定の義務化と、BCP策定のメリットや作成のポイントなどについて解説しました。
自然災害や感染症流行の状況下でも利用者や職員の安全を守り、介護事業を継続していくために、BCPを策定することは重要な意味を持ちます。
また、BCPは策定して終わりではありません。
すでにBCPを策定しているという介護事業者も、環境や実態の変化に見合った対策がとれるように、定期的な見直しを行うことが求められます。