介護保険制度は要介護状態になった高齢者を「お世話」するための制度ではありません。介護保険の目的は、「自立支援」です。要介護状態を改善することや、その残存能力を最大限に活用し、自立を目指していくことにあります。介護保険のサービスは、利用者の満足だけを目指すのではなく、自立支援につなげなければいけません。
この記事では自立支援促進加算についてわかりやすく解説し、算定のために必要な情報を提供します。
目次
自立支援促進加算とは、要介護認定を受けた高齢者の自立を促進するための加算です。寝たきりや重度化を防止する自立支援の取り組みに注力している事業所を評価することを目的としています。
介護施設では、入所者の介護度によって得られる介護報酬の額が決まります。要介護1よりも要介護5の方が得られる介護報酬が大きく、施設の経営にはプラスになる仕組みです。つまり、利用者の状態が悪化すれば施設の経営が潤う。これは介護保険の目指す自立支援の理念に明らかに逆行しています。
そのため、施設側への動機付けとして、自立支援を促進していく仕組みが必要でした。そこで生まれたのが、この自立支援促進加算です。
自立支援促進加算は2021年の介護報酬改定で導入されました。加算の創設から現在まで、自立支援の取り組みを通して、利用者のQOL(生活の質)を向上することに大きな効果を上げています。2024年の報酬改定でも、さらなる普及や効果を目指して見直しがおこなわれています。
自立支援促進加算の対象者は介護保険施設に入居している要介護1以上の利用者です。対象となる介護保険施設は以下の通りとなっています。
介護保険施設のみが対象なので、在宅サービスや、有料老人ホーム(特定施設)・グループホームなどは、同様の自立支援の取り組みをしても、加算の対象にはなりません。
自立支援促進加算の単位数と算定要件について解説します。
2021年に新設された新しい加算ですが、2024年の介護報酬改定の際に単位数と要件の見直しもおこなわれています。確実に算定するため、単位数や算定要件の変更内容に注意しましょう。
自立支援促進加算の単位数について解説します。
まずは単位数を表にまとめましたのでこちらを参照ください。
対象施設 | 2024年介護報酬改定前 | 2024年介護報酬改定後 |
介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム) | 300単位/月 | 280単位/月 |
介護老人保健施設 | 300単位/月 |
2024年の介護報酬改定では、対象施設のうち、介護老人福祉施設・地域密着型老人福祉施設入所者生活介護・介護医療院の3種別は280単位/月に引き下げられました。
ただし、介護老人保健施設は300単位/月のままで維持されています。
単位数が引き下げられた施設はありますが、加算算定のための入力項目の見直しなどがおこなわれ、業務負担は軽減されました。今後も算定事業所を増やしていくために見直しは続けられていくと思われます。
自立支援促進加算の算定要件について解説します。
算定要件は以下の4点です。
イ 医師が入所者ごとに、自立支援のために特に必要な医学的評価を入所時に行うとともに、少なくとも六月に 一回、医学的評価の見直しを行い、自立支援に係る支援計画等の策定等に参加していること。
ロ イの医学的評価の結果、特に自立支援のための対応が必要であるとされた者毎に、医師、看護師、介護職員、 介護支援専門員、その他の職種の者が共同して、自立支援に係る支援計画を策定し、支援計画に従ったケアを 実施していること。
ハ イの医学的評価に基づき、少なくとも三月に一回、入所者ごとに支援計画を見直していること。
二 イの医学的評価の結果等を厚生労働省に提出し、当該情報その他自立支援促進の適切かつ有効な実施のため に必要な情報を活用していること。
引用:厚生労働省「LIFE (自立支援・重度化防止を重視した質の高い介護サービスの推進)」
以上の4点が算定に必要な要件となります。
自立支援促進加算の特徴を2点、以下で紹介します。
以上、自立支援促進加算の単位数と算定要件について解説しました。
2021年に新設された自立支援促進加算ですが、算定率はまだまだ低く、18.6%となっています。多くの施設では加算を算定するための要件を満たすことができません。
単位数は300単位/月(もしくは280単位/月)と他の加算と比較しても大きく、全利用者が対象となるため、施設の経営においては大きなメリットのある加算です。
それにもかかわらず、算定事業所が少ないのは、加算算定のためのプロセスが多く、要件を満たすことが難しいことが影響しています。
自立支援促進加算を算定するためにはどうすべきか。同じく独立行政法人福祉医療機構がおこなったアンケート調査によると、加算算定事業所が実際に取り組んだ内容として、以下のようなポイントが挙げられています。
- LIFEへの入力に伴う業務負担の増加に対する業務効率化を図るために、日々の記録 内容の工夫と書式の変更に取り組んでいる
- スタッフの意識改革、人員の補充
- 医師の協力、役割分担及び連携、管理医師との連携
- 新規に入所される方を対象に特に取り組んでいる
- 介護支援専門員や多職種から医師への働きかけ
- 既存の担当者会議に加え、医師の助言の元、医学的評価をさらに掘り下げて実施
- 算定根拠となるケアについて再度見直しを行った
- 事前情報の収集に力を入れることで、入所前に計画の作成が行えている。入所後に ズレが生じた際には、早い段階で見直しを掛けている
- 自立支援促進加算以前より、生活目標プランを立てており個々人の具体的な目標に ついてスタッフが視認出来るようになっていた
- 多職種共同でのアセスメントの強化。帳票記入の役割の策定
引用:独立行政法人福祉医療機構 経営サポートセンター「令和3年度介護報酬改定に関する アンケート結果」
これらの取り組み事例からわかることは、様々な職種が密接に連携することが重要であることです。日々の業務内容や記録なども、自立支援を意識したものにシフトしていかなければ、自立支援促進加算の要件を達成できません。介護支援専門員・リハビリ専門職・介護職員・看護師・医師など、多職種が加算の内容を理解し、意識改革をおこなうことが加算算定につながります。
まずは職場内で加算算定の要件や注意点の理解を深め、現在の業務を見直し、自立支援を目指す施設に変革していくことが求められます。
ひとつは、加算の対象者は全利用者であることです。
施設に入所しているすべての利用者に対して、支援計画を作成し、実施することが求められます。自立支援促進加算は施設の入所者全員に対して算定する加算です。
自立支援の可能性が高い個別の利用者を選択・選別するのではなく、すべての利用者を対象としています。介護施設では多様な背景を持った入所者を受け入れており、自立支援という意識付けが難しい利用者も多いです。しかし、すべての入所者が対象であることから、「本人に自立に対する意欲がないから」「重度の認知症だから」という理由などで、例外的に利用者を除外することはできません。
支援計画はすべての項目において多職種で連携して作成します。
医師のアセスメントをもとに、介護職・看護職・リハビリ職といった多職種がそれぞれの専門性を活かして、具体的な支援計画を作成します。自立支援促進加算のためには、多職種の視点と連携が欠かせません。チームの中心となる人物に任せるのではなく、それぞれが専門性をもとに、個々の利用者の自立支援を思い描いていくことが重要です。
医学的評価や支援計画の結果をLIFEデータベースに提出することが求められています。LIFEに関しては、自立支援促進加算だけでなく、様々な加算でも要件となっています。すでにお伝えした通り、2024年の介護報酬改定で算定要件が見直され、提出の頻度が改定されています。提出のタイミングを必ず確認しましょう。
また、LIFEシステムは2024年に新システムにリニューアルし、旧システムからの移行が必須となります。提出漏れがないように確認が求められます。
自立支援促進加算を算定するために、具体的に対応すべき支援項目と注意点などについて解説していきます。自立支援促進加算は入所者の寝たきり・重度化を防ぐことを目的としています。日常生活における離床・基本動作、ADL動作、日々の過ごし方及び訓練時間というそれぞれの場面で要件が細かく決められています。
これらの要件を正確に理解していないと、算定することができません。現場レベルで求められる支援内容について、順を追って具体的に解説していきます。
自立支援のためには、寝たきりによる廃用性機能障害を防ぐことが必要です。入所者が可能な限りベッドから離れて日常生活を送れるように支援します。座位保持や立ち上がりについて、計画的に支援をおこないます。
治療のための安静やターミナルケアなどの対象者以外は、すべての入所者が離床し、座位保持をすることが求められます。
離床時間を確保することで、生活の質を高めることを目指す必要があります。
ADL(日常生活動作)に関しては、それぞれの動作ごとに細かい要件が定められています。
食事は要介護状態になる前の生活に近づくことを目指します。
もちろん、摂食・嚥下障害など、食事に関する機能の十分なアセスメントが必要です。それだけではなく、生活の中における食事の質を向上していくことが求められています。慣れ親しんだ食器を使用したり、個々の食事習慣や希望を尊重することにより、食事の質を向上することができます。
経管栄養など、医学的理由がない限りはベッド上での食事を避けます。
排泄に関しては、プライバシー保護のためにも、可能な限りトイレでの排泄を目指します。入所者ごとの排泄リズムを考慮して、適切な排泄時間を把握します。オムツ交換であっても一斉におこなわず、本人の希望も含めて個別的な対応が求められます。
特に通常の介護においては、ポータブルトイレで排泄する入所者がいないことを原則としています。本人のプライバシーと尊厳を守るために、全員がトイレで排泄できることを目指します。
入浴に関しては、原則として一般浴槽での入浴を推奨しています。感染症等の理由がある場合は、特殊浴槽を使用して対応します。入浴時間は、施設が画一的に設定した時間ではなく、本人の希望に合わせて決定します。
自立支援を目的としているため、本人の残存能力を重視し、できることは本人にやっていただく支援内容を設定します。尊厳の保持やプライバシーを重視した支援計画が求められます。
日々の過ごし方も、自宅での生活に近い環境を提供することが求められています。
趣味活動や希望に応じた外出支援など、個々の希望に応じたライフスタイルの実現を目指します。入所者の愛着のあるものを居室に持ち込むことで安心できる環境づくりをすることも重視されています。
認知症の利用者に対しても、可能な限り残存能力を活かしながら、社会参加を促していくことを求めています。
入所者の機能回復や機能維持のために、訓練の提供が求められます。
ADL向上のためのリハビリテーション・機能訓練を施設内で提供します。入所者ごとの状態に合わせた訓練内容を設定し、定期的な評価・見直しをおこないます。PDCAサイクルを意識しつつ、継続的な改善を目指すことが重要です。
リハビリテーション専門職だけがおこなうのではなく、多職種で連携しながら多角的に評価し、自立支援を目指していきます。
支援計画に関する項目ごとの注意点を解説しました。各項目の要件からわかる通り、入所者ひとりひとりの生活にしっかり目を向けなければ、自立支援促進加算の算定はできないことがわかります。今の状態がどうかというだけでなく、要介護状態になる前の生活なども含めて、深く掘り下げたアセスメントが必要になります。
そして、これまで施設でおこなってきたケア内容を抜本的に変える必要があることも多々あります。施設内での業務の流れやマニュアルと算定要件を照らし合わせ、個別的で実現可能な支援計画を作成する必要があります。「これまではこうやってきたから」「今までのやり方は」というのは通用しません。自立支援につながるかどうかという点に、大きな軸が置かれます。
自立支援型の施設へシフトチェンジするという強い意識で施設内が統一しなければ、要件を満たすことはできません。
多職種での計画策定や医師との連携・LIFEデータベースの運用・個々の利用者に対するケアの実践。そのすべての内容が連動し、ひとつひとつの項目を達成しなければ算定できません。自立支援を目指したケアは利用者の生活の質に直結し、施設で勤務する職員のスキルアップ・モチベーションの向上にも確実につながります。
そして、自立支援介護は国が目指している方針で、既定路線でもあります。今後も自立支援を軸に政策が展開されます。自立支援を後回しにしている施設や事業所は、十分な評価や報酬を得ることができず、経営的にも厳しい状況下に置かれることでしょう。施設の運営者や管理者にとってはハードルの高い加算と感じるかもしれませんが、施設の目指すケアを明確にし、小さなステップから積み重ねていかなければいけません。職員の意識を自立支援に向け、意識づけしていくことから、加算算定のための体制づくりが始まります。
利用者のQOL向上と、施設経営の安定化を目指し、加算算定に向けた取り組みを始めましょう。