介護報酬改定に関する議論において、新しい複合型サービスについて気になっている介護サービス事業者も多いのではないでしょうか。今後の事業所運営に大きく影響するトピックなので、正しい情報を把握しておくとよいでしょう。
この記事では、厚生労働省の資料をもとに、複合型サービスに関する最新情報をわかりやすく解説します。この記事を読むことで、複合型サービスが検討されている背景から、複合型サービスを提供するメリットまでわかります。
目次
2023年12月4日においておこなわれた第234回社会保障審議会・介護給付費分科会にて、2024年の介護報酬改定に向けて検討されていた訪問介護と通所介護を組み合わせた複合型サービスの新設について、次期改定での新設は見送られることが決定しました。
当初、複合型サービスの新設は既定路線と考えられていましたが、「規制緩和でよいのではないか」「制度の複雑化につながる」などの指摘が見られたことも踏まえ、さらなる検討を深めることを理由に見送りとなりました。
ただし、現在の訪問介護事業所運営の実態を踏まえると、今後も新設に向けた議論が引き続きおこなわれることが考えられます。
複合型サービスとは、介護サービスを2種類以上組み合わせて提供されるサービスのことです。介護保険法では、以下のように記載されています。
介護保険法
第八条
23 この法律において「複合型サービス」とは、居宅要介護者について、訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、通所介護、通所リハビリテーション、短期入所生活介護、短期入所療養介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、夜間対応型訪問介護、地域密着型通所介護、認知症対応型通所介護又は小規模多機能型居宅介護を二種類以上組み合わせることにより提供されるサービスのうち、訪問看護及び小規模多機能型居宅介護の組合せその他の居宅要介護者について一体的に提供されることが特に効果的かつ効率的なサービスの組合せにより提供されるサービスとして厚生労働省令で定めるものをいう。
引用:介護保険法(平成九年十二月十七日)(法律第百二十三号)
現在、複合型サービスとして、訪問介護と小規模多機能型居宅介護を組み合わせたものがあります。一方、現在検討されている複合型サービスは、訪問介護と通所介護を組み合わせた複合型サービスです。これまでになかった組合わせの複合型サービスが新たに創設されるため、その動向に注目が集まっています。
複合型サービスが検討されている背景には、現在の訪問介護事業所運営の実態と、今後発生する課題が関係しています。ここでは、厚生労働省が公開している資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」をもとに、複合型サービスが検討されている背景について解説します。
厚生労働省の資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」によると、訪問介護事業所の利用者数は、平成25年以降増加傾向にあり、令和4年時点では106万8千人に到達しています。
また、第8期介護保険事業計画におけるサービス量等の見込みによると、令和5年以降も増加し続け、令和7年には128万人まで増加することも予測されています。
団塊の世代が75歳以上を迎える令和7年以降、さらに訪問介護サービスへのニーズが増加する可能性は高いでしょう。
訪問介護事業所における人材不足は深刻です。厚生労働省の資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」では、訪問介護を必要とする利用者へサービスを提供できていない実態も明らかになっています。
2022年時点における施設介護職の有効求人倍率は3.79%ですが、訪問介護員の有効求人倍率は15.52%です。訪問介護員の求人倍率が、施設介護職の求人倍率の約4倍となっている実態から、訪問介護員不足の深刻さがわかります。
また、厚生労働省の資料「訪問介護」では、ケアマネージャーから紹介のあった方へサービス提供を断った理由として、最も多かった回答は「人手不足により対応が難しかったため」でした。
これらの実態から、訪問介護では深刻な介護人材不足に悩まされており、訪問介護を必要とする利用者へ十分なサービスを提供できていないといえるでしょう。
参考:厚生労働省「訪問介護」
厚生労働省の資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」によると、訪問介護利用者のうち、通所介護や地域密着型通所介護を利用している方の割合が46.7%というデータが示されています。
このデータから、訪問介護サービスを利用する方の約半数は、通所介護サービスのニーズも抱えているといえるでしょう。しかし、現行制度では、訪問介護と通所介護を一体的に提供できる介護サービスはありません。そのため、訪問介護と通所介護で別々の事業所を利用しなければいけないのです。
これらの実態から、利用者のニーズに対応する介護サービスを提供するためには、訪問介護と通所介護が一体的にサービス提供できる事業所も必要といえるでしょう。
現在、訪問介護事業所と通所介護事業所を同法人内で運営しているケースも多いようです。厚生労働省の資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」では、以下のように記載されています。
【通所(訪問)系サービス事業所の法人が運営している訪問(通所)事業所数】
○ 通所介護事業所の法人は、55.4%が訪問系サービス事業所を運営している。
○ 訪問介護事業所の法人は、53.4%が通所系サービス事業所を運営している。
⇒ 半数以上の事業者が訪問介護事業所と通所介護事業所の双方を運営
引用:厚生労働省老健局「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」
このデータでは、訪問介護事業所と通所介護事業所の双方で、半数以上の事業所が訪問介護サービスと通所介護サービスを両方運営していることが示されています。この結果から、多くの介護サービス経営者が、訪問介護と通所介護の併設について必要性を感じているといえるでしょう。
在宅介護を受けている利用者から、訪問介護と通所介護を併用するニーズがある一方で、現行制度では対処できない課題も指摘されています。ここでは、現行制度で訪問介護と通所介護を併用する場合の課題について解説します。
厚生労働省の資料「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」では、訪問介護と通所介護を併用する際に、居宅介護支援事業所が課題と感じていることについて調査した結果も記載されています。居宅介護支援事業所が最も課題と感じていることは「急なキャンセル等のサービス変更があった場合の事業所への連絡調整が煩雑である」でした。
例えば、通所介護利用者が何らかの理由でサービスが利用できなくなり、訪問介護で在宅支援を実施することになった場合、通所介護事業所から訪問介護事業所へ連絡事項を伝える必要があります。しかし、各事業所ごとに運営者が異なるため、スムーズに連絡調整ができないことも多いのです。
居宅介護事業所は、多事業所の間に入って連絡調整を行う役割になることも多いのですが、可能であれば訪問介護と通所介護で直接連絡を取る方が連携しやすいでしょう。訪問介護と通所介護の複合型サービスを創設する場合、各サービス間における連携方法が重要なポイントとなります。
現行制度で訪問介護サービスと通所介護サービスを併用する場合、ケアプランに反映するまでのタイムラグも課題のひとつです。
例えば、急に通所介護サービスを提供できなくなった場合、入浴支援や排泄介助などの生活支援を訪問介護で提供するように調整する必要があります。しかし、現行制度では、ケアプランに訪問介護を位置付けて、担当者会議を開催し、利用者から同意を得た後でなければサービスを提供できません。
通所介護と訪問介護を利用できる複合型サービスが実現することで、急な状況変化をケアプランに反映させる手間と時間を削減できるでしょう。
複合型サービスを創設するメリットとして、利用者のサービス変更における柔軟性や、切れ目のないケアを提供できる点が挙げられるでしょう。また、介護人材の有効活用など運営者側にもメリットがあります。ここでは、複合型サービスを創設するメリットについて解説します。
複合型サービスのメリットとして、急なサービス変更にも柔軟に対処できる点が挙げられます。
例えば、現行制度で通所介護から訪問介護へサービスを変更する場合、その都度ケアプランを見直す必要があります。そのため、急なサービス変更に対処しづらい点が問題視されていました。しかし、複合型サービスが実現することで、一つの事業所内で通所介護サービスと訪問介護サービスを切り替えられるため、急なサービス変更にも柔軟に対処できます。また、ケアプランに複合型サービスを位置付けておけば、サービス変更のたびにケアプランを見直す必要が無くなる可能性もあります。
複合型サービスでは、同一事業所内で訪問介護サービスと通所介護サービスを提供できます。そのため、利用者情報を共有し、シームレスで切れ目のないケアを提供可能です。
例えば、通所介護の利用者が新たに訪問介護サービスを利用し始める場合、現行の制度ではケアプランを見直してからサービスを提供するまでにケアが途切れてしまうこともあります。しかし、複合型サービスが実施できるようになれば、途中でケアが途切れることはありません。切れ目のないケアを提供できることも複合型サービスを提供するメリットのひとつといえます。
複合型サービスを創設するメリットとして、訪問介護と通所介護でフォローし合える点が挙げられます。
例えば、事業所の都合によって通所介護で入浴支援が提供できなかったとします。その場合、同事業所の訪問介護から、自宅での入浴支援サービスを提供することも可能です。また、訪問介護サービス中の気付きを通所介護スタッフに共有することで、より質の高いケアを提供できます。訪問介護と通所介護でお互いにフォローし合える点も、新しい複合型サービスにおけるメリットのひとつです。
現在、介護業界は深刻な人材不足に悩まされています。このような状態では、できる限り介護人材を有効活用する施策も必要です。
例えば、通所介護サービスの空いた時間に、送迎車を利用して訪問介護サービスを提供することも介護人材を有効活用する手段となります。このようにサービスを提供することで、少ない人材で訪問介護と通所介護を運営できるでしょう。今の介護人材を活用して、2つのサービスを提供できる点も複合型サービスを創設するメリットのひとつです。
複合型サービスを実現するために確認しておかなければいけないポイントが2つあります。ここでは、複合型サービスを創設する上で確認しておくべきポイントについて解説します。
複合型サービスが実装された場合、利用料金の体系が重要なポイントになります。現行制度の複合型サービスである「看護小規模多機能型居宅介護」では、要介護に応じた月額制でサービスが提供されています。
新しい複合型サービスでも同じような料金体系になるのであれば、要介護度に応じた定額制になる可能性が高いでしょう。
訪問介護と通所介護の複合型サービスを提供する場合、通常の訪問介護や通所介護と人員配置基準が変更される可能性があります。
例えば、訪問介護のサービス提供責任者や通所介護の生活相談員など、現行制度ではそれぞれ独自の配置基準が示されています。それらの基準をどのように統合するのかも確認すべきポイントのひとつです。
この記事では、現在議論されている新しい複合型サービスについて解説しました。介護報酬改定で議論されている複合型サービスとは、訪問介護サービスと通所介護サービスを同一事業所で提供するものです。
厚生労働省の調査では、将来的に訪問介護サービスのニーズが拡大し、人材不足が深刻化する予測が示されていました。また、多くの方が訪問介護と通所介護を併用している実態も明らかになっています。しかし、現行制度のまま訪問介護と通所介護を併用する場合、多事業所間での連携が取りづらい点やケアプランへ反映するまでに時間がかかる問題も指摘されています。これらの背景から新しい複合型サービスが検討されているのです。
新たに訪問介護と通所介護の複合型サービスを創設することで、急なサービス変更にも柔軟に対応できて、限られた介護人材を有効活用できます。ただし、複合型サービスを創設するためには、利用料金や人員配置など、まだ検討しなければいけない内容もあります。
参考資料:
厚生労働省「介護保険法(平成九年十二月十七日)(法律第百二十三号)」
厚生労働省「訪問介護」
厚生労働省老健局「新しい複合型サービス(地域包括ケアシステムの深化・推進)」