【参考・引用データ】 本記事で解説する「国の意図」は、以下の公表資料に基づいています。
財務省|財政制度等審議会(令和6年春の建議など)
・ 令和8年度予算の編成等に関する建議 : 財務省
・令和5年障害福祉サービス等経営実態調査結果|厚生労働省
令和6年度の報酬改定を経て、多くの経営者様が感じている違和感。それは、単なる「プラス改定・マイナス改定」という言葉では片付けられない、国による「選別」の意志と捉えることが出来ます。。
これまでの障害福祉業界は、「開設すれば利用者は集まり、定員が埋まれば安定した利益が出る」という状態にありました。行政はインフラ整備のために参入を促し、報酬制度も比較的「一律・横並び」で設計されてきましたが、令和8年4月の改定案を見ると、メリハリがついた報酬設計へと舵が切られています。
「現場は人手不足で、経営も決して楽ではない」。というのが私たちの実感です。しかし、国から見える景色は少し違います。なぜ今、報酬に対する圧力がこれほど強まっているのか、その背景にある「2つの大きな理由」を見ていきましょう。
財務省は、国の予算を決める際に非常にシビアなデータを用います。
頻繁に指摘されるのが、障害福祉サービス事業所の「収支差率(いわゆる利益率)」です。
中小企業の平均的な利益率や、医療・介護の分野と比較したとき、障害福祉(特に就労系サービスやグループホームなど)の数字が「高止まりしている」というデータが出ています。
この事から、「これだけ利益が出ていて、内部留保(会社に残るお金)があるのなら、
わざわざ税金(報酬)を上げなくても、その蓄えを使って経営ができるはずだ」
つまり、「報酬アップによる経営」ではなく、「既存の利益分配による経営」を求められているのが現状です。
もう一つの理由は、シンプルに国の財政事情です。 現役世代の負担はすでに限界に達しており、これ以上保険料や税金を上げようとするのは現実的ではありません。このため、国は「成果が見えにくいもの」「効果が曖昧なもの」にお金を出すことをやめようとしています。
これまでは「当たり前に支援を行えば利益が出る」という時代でしたが、「本当に利用者の自立支援に繋がっているか?」「社会保障費を無駄に使用していないか」という問いに答えられない事業所には、厳しい目が向けられるフェーズに入りました。
では、具体的にどのような形で制度が変わっていくのかを見ていきましょう。
これまでの「サービスを提供した時間」に対する対価から、「利用者がどう変わったか」という成果に対する対価へとシフトしています。
例えば以下実現できたことに対し加算等で評価をする体制に変わっていくことが考えられます。
就労移行支援: 利用者がどれくらい就職し、定着したか。
自立訓練: 生活能力がどれくらい向上したか。
放課後等デイサービス: 学校卒業後の進路(就職・進学)や自立にどう繋がったか。
【経営へのヒント】 「うちは利用者が楽しそうだから良い」という定性的な評価だけでは守りきれません。就職率や改善度といったKPI(重要業績評価指標)を数字で管理できない場合は、報酬が上がらないだけでなく「減算」に該当するような制度へと移行することも十分考えられます。
介護・福祉がそうだったように、報酬単価が高い領域は、「重度障害」「強度行動障害」「医療的ケア」など、民間企業が参入しにくい領域に集中していきます。
社会保障で補うべき領域は、有資格者でなければ行えない支援、都道府県の指定を受けた事業所でなければ出来ないサービスであることが求められます。
逆に、「軽度」の方へのサービス(特に日中活動やグループホーム)については、報酬が抑えられる、あるいは「一般就労」や「一般のアパート(サテライト型など)」への移行を強く求められるようになる可能性が高いです。
【経営へのヒント】 「軽度な利用者を集めて、効率よく利益を出す」というビジネスモデルは、制度的に封じられつつあります。「重度化対応」か「通過型(地域移行)」か。どちらの道でプロフェッショナルになるか、決断が迫られる日が迫っています。
制度が複雑になればなるほど、事務処理は膨大になります。介護分野と同様、国は、専門的なサービスが担保できる事業所であることを求めており、規模を大きくし、効率化することを誘導しています。
【経営へのヒント】 専門的なサービス提供が出来ないままでは、複雑化する「加算」の申請や、義務化される「ICT投資」に耐えられなくなる可能性があります。外部と協力して加算を取得できる体制や、事務を外部に委託する等、現場が現場に集中できる環境を整えることが急務です。
報酬改定も備えるべきイベントですが、それ以上に考え、今から準備をしなければいけないのは「2040年問題」です。
2040年、日本の労働力人口(現役世代)は激減します。 ー昔前は「求人を出せば誰か来る」時代でしたが、今は「求人を出しても誰も来ない」のが当たり前になってきました。
また、日雇いのような介護職員も多く、従業員側の働く姿も多様化しています。
これが、あと14年たてば今より尚働く人が少なくなり、また働き方も多様化してきます。
報酬単価が上がりにくい中で、安定した経営を行っていくためには「加算を取得し減算に該当せず」「生産性」を上げるしかありません。 「人海戦術」でなんとかするのではなく、ICTやロボットを活用して業務を効率化し、「少ない人数でも、質の高いケアができ、その分一人当たりの給料が高い」という組織を作ること、これが2040年に向けて意識しなければいけない事です。
厳しい話が続きましたが、悲観する必要はありません。ルールや未来の方向性が分かれば、対策を打つことができます。今、取り組むべきことは以下の3つです。
「基本報酬だけで経営する」という考えを捨てなければいけません。
これからは、「加算(専門性への対価)」を取ることが前提の収益構造に変える必要があります。そのためには、有資格者の配置や効率的に事務をこなす事などへの投資が欠かせません。「加算は面倒」「加算は返還が怖い」という意識でいれば、あっという間に利益が出ず経営が危ないといった事態になることが十分に考えられます。
自社の事業を冷静に見つめ直してください。
「今後、報酬が削られそうな領域(利益率が高すぎると目をつけられている事業)」に偏っていませんか? 逆に、「国が守りたがっている領域(重度対応、地域移行支援事業)」は法人内のサービス提供の範囲にありますか? 場合によっては、不採算部門や将来性の低い事業を縮小し、成長領域へリソースを集中させる「事業の入れ替え」の検討も必要です。
「福祉は儲けすぎだ」という批判に対抗するためには、透明性が武器になります。 利益をただ内部に溜め込むのではなく、「職員の処遇改善に使った」「設備投資に回した」「地域のために使った」ということを、数字でしっかりと社会に見せていく(公表する)。これが、地域や国から信頼される法人への第一歩です。
今回の報酬改定や2040年問題は、ある意味で「質の高い事業者だけが残るための篩(ふるい)」だと言えます。
介護事業と同様に、国は導きたい方向に加算を準備し、規制したいものに減算を準備します。報酬改定の内容をこのように捉え、出来る限り加算を取得していく体制を整えることが大切です。
厳しい時代になりますが、見方を変えればチャンスでもあります。 「なんとなく運営している事業所」が淘汰されれば、本質的な支援を行い、組織として成熟している法人には、より多くの利用者や人材が集まるようになります。