近年、介護事業のM&Aが活発に行われています。M&Aと聞くと、働いている介護事業所が買収されて働きにくくなるなどマイナスなイメージを持っている方もいますが、M&Aにはメリットも数多く存在します。
今回は、なぜ近年において介護事業所のM&Aが活発になったのかだけでなく、M&Aにかかわる買い手・売り手の両方から考えられるメリット・デメリットまでお伝えします。
ぜひ、最後までお読みください。
目次
高齢者や障がいをもっているなど、身体や精神が健全でない方を対象とし日常生活に必要なサポートを行うことです。
そんな介護業界は大きく分けて、自宅に訪問して介護する「在宅介護」と、老人ホームなどの施設で介護する「施設介護」の2種類に分かれます。
主に自宅でサービスを受けることができ、ホームヘルパーなどが介護者の自宅へ訪問するサービスで、下記の3つにサービス内容が分かれます。
ホームヘルパーなどの介助者が、利用者さんの身体に直接触れて行う介助サービスのことで、下記のいずれかのサービスに該当するものと定義されています。
(そのために必要となる準備、後かたづけ等の一連の行為を含む)
参考:厚生労働省「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等についての一部改正について」
身体介護は、利用者さんの生活を助けるだけでなく、自立を支援するサービスでもあります。
そのため、利用者さんが行うすべての動作を手助けするわけではなく、状況や体調に合わせた介助を行うため、場合によっては利用者さんの行動を促して介助せずに見守ったり、利用者さんと一緒に料理を行ったりする場合もあります。
なお厚生労働省は「自立生活支援のための見守り的介助」の例として下記の内容を挙げています。
上記のほか、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うもの等であって、利用者と訪問介護員等がともに日常生活に関する動作を行うことが、ADL・IADL・QOL向上の観点から、利用者の自立支援・重度化防止に資するものとしてケアプランに位置付けられたもの。
参考:厚生労働省「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等についての一部改正について」
これらの定義がふまえられている身体介護のサービス内容は下記です。
参考:厚生労働省「介護保険法」
生活に必要な家事が困難な場合に行う日常生活支援のことで、下記のような内容があります。
参考:厚生労働省「訪問介護サービスの生活援助の取扱いについて」
厚生労働省は下記のように定義しています。
通院等乗降介助とは、介護保険における訪問介護(介護保険法(平成9年法律第 123 号) 第8条第2項)の一形態であり、居宅要介護者について、通院等のため、指定訪問介護事業者の訪問介護員等が自らの運転する車両への乗車又は降車の介助を行うとともに、併せて、乗車前若しくは降車後の屋内外における移動等の介助又は通院先若しくは外出先での受診等の手続、移動等の介助を行った場合に、介護給付費の算定をすることができるもの
「通院時の乗車・降車介助」において、病院内の移動や介助は、医療サービスとして病院の看護師などが担当するため適用外になる点に注意が必要です。
介護施設に入所して、介護サービスを受ける形式となっており、下記のようにさまざまな施設があります。
主に排泄・入浴・食事・口腔ケア・移乗介助など介護職がサポートしながら日常生活を送ってもらう介護サービスです。
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略で、2つ以上の会社がひとつになる合併、ある会社が他の会社を購入する買収のことです。
介護事業を買うメリット・デメリットは下記です。
運営を行うための時間を大きく短縮できる点です。経営資源には限りがあるなかで、介護事業を立ち上げて運営していくことは膨大な時間が必要なだけでなく、経営自体を成り立たすのも簡単ではありません。
しかし、既に行っている介護事業を買うことで、介護事業を立ち上げるより短期間で軌道に乗せることができるだけでなく、短期間での事業拡大も可能です。
その他にも、M&Aによって介護事業を買収することで、経営手法・従業員の獲得も合わせてできます。
買収するにあたって経営者や従業員の共感を得られなければ、従業員のモチベーション低下、経営陣・従業員の離職、利用者さんが離れてしまうなど買収したにもかかわらず逆にコストが増大してしまう危険性があります。
介護事業を売るメリット・デメリットは下記です。
介護事業を売却するメリットは、下記のようにさまざまあります。
介護事業を買収したいと考えている企業へ介護事業を任せることで、今まで以上の経営状態の改善やさらなる発展が期待できます。
顧客・取引先へのメリットもあります。介護事業の運営が難しいため廃業すると、顧客や取引先に迷惑をかけますが、事業を売却することで変わらない関係を継続できます。
また、その他にも、後継者問題が解決できるだけでなく、オーナー経営者は創業者利潤を得ることも可能です。
さらに、介護事業を営んでいるとさまざまな先行きの不安を感じることはありますが、介護事業を買いたい相手に売却することで、不安を解消できます。
メリットがある一方で介護事業を売却するデメリットも下記のようにあります。
介護事業のM&Aを行うにあたっても、統合作業に時間がかかってしまった結果、コストが予定より増大するかもしれません。
また、必ずしも希望価格で売却できるとは限らないため、当初の希望売却価格を見直す必要があるかもしれません。そのため、事前に希望価格とともに、最低売却価格を設定しておくことが重要です。
売却後も従業員が満足できる雇用環境や待遇を得られない場合もあります。介護事業を売却し、大きな企業の傘下に入ることで従業員の待遇改善につながる場合もありますが、それだけでなく施設の運営方針など待遇以外の面で従業員が戸惑う場面があるかもしれません。
そのため、介護事業の売却先を選ぶ場合は、どのような統合計画を考えているのか、一緒に検討することが重要です。
2006年以降、介護業界のM&A件数は増加傾向にあり、業界にM&Aが根付けばさらに件数が増える可能性があります。
そんな介護業界のM&A件数が増加している理由には下記のような理由が考えられます。
2023年に総務省が発表した内容によると、総人口に占める高齢者人口の割合は29.1%と過去最高となりました。
高齢者の人口を詳しくみると、70歳以上人口は2,889万人で、前年に比べ20万人増、75歳以上人口は2,005万人で、前年に比べ72万人増、80歳以上人口は1,259万人で、前年に比べ27万人増となっており、75 歳以上人口が初めて 2,000 万人を超えました。
この傾向は今後も続き、近々「2025年問題」という大きな問題に直面します。
2025年問題とは、2025年以降に1947〜1949年に生まれた世代である「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者となり生じる問題のことです。
この「団塊の世代」は第1次ベビーブームに生まれた世代のことで、現在の人口で約670万人となり、総人口に占める割合は約5.3%となっています。
2025年以降も高齢化率向上の傾向は継続し、2036年には33.3%と3人に1人、2065年には38.4%と国民の約2.6人に1人が65歳以上の者となると推計されています。
高齢者の割合が高くなると、それに伴って介助を必要とする「要介護者」の人数も増加します。
実際、厚生労働省によると、2020年度の要介護(要支援)認定者数は約682万人となっており、将来的な要介護認定者数は、2040年にピークを迎え、988万人となると推計されています。
参考:経済産業省「将来の介護需給に対する高齢者ケアシステムに関する研究会」
このような予測から、介護サービスの需要は今後も拡大していくでしょう。
介護を必要とする割合は増加するにもかかわらず、担い手の人材不足が大きな問題です。
その理由として、高齢化率の増加だけが問題ではなく、国内人口の減少もあります。
2023年1月1日現在の国内人口は、1億2,242万3,038人ですが、この人数は2011年以降12年連続で減少しています。さらに国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、日本の総人口は2030年には1億1,662万人、2060年には8,674万人と今後も減少すると推計しています。
実はこの人材不足の問題は、現時点でも生じており、公益財団法人介護労働安定センターが実施した「令和元年度介護労働実態調査」によると、事業所単位で65.3%が人手不足を感じています。その中でも特に訪問介護職員に関しては81.2%が人手不足を感じています。
参考:公益財団法人介護労働安定センター「令和元年度 介護労働実態調査結果について」
その他にも2021年に厚生労働省が発表した、「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」によると、「介護職員の必要数」と「人手不足人数」を下記のように発表しています。
介護職員の必要数 | 人手不足人数 | |
2023年度 | 約233万人 | 約22万人 |
2025年度 | 約243万人 | 約32万人 |
2040年度 | 約280万人 | 約69万人 |
参考:厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員介護職員の必要数について」
介護サービスが必要な高齢者は増加するものの、担う介護職員の不足からM&Aが行われる頻度が増えています。
介護業界におけるM&A動向は下記のような特徴があります。
先程説明したように、介護業界において人材不足は深刻な問題です。人材不足の理由として、国内における高齢化や働き手の減少以外にも下記のような理由があると公益財団法人介護労働安定センターは発表しています。
参考:公益財団法人介護労働安定センター「令和2年度「介護労働実態調査」結果の概要について」
このような背景を踏まえ、人材確保目的として同業者同士のM&Aが行われています。買収する側としては、スキルやノウハウを持つ人材の獲得ができるだけでなく、人材育成を積極的に行うことで、新たな人材の確保もしやすくなるメリットもあります。
また買収される側としても、グループ傘下に入ることで新たなキャリアアップや施設の異動もでき、より活躍の場を広げることができます。
近年、異業種からの新規参入が多くみられており、今後も介護ニーズが拡大することから異業種の参入はより盛んになっていくと考えられます。
下記が異業種から新規参入した企業の一例です。
企業名 | |
ニチイ学館 | もともとは医療事務などに特化した教育関連企業 介護分野では介護保険申請代行、在宅・居住系など介護に関するサービスをトータルに展開 その他にもケアプラン作成や訪問介護、介護施設の運営など業務を実施 |
ベネッセコーポレーション | 入居型介護サービス事業・高齢者住宅事業、在宅介護事業、介護資格講座、介護相談サービス事業、介護離職ゼロ支援サービス事業、医療介護職紹介派遣事業など多くの介護関連サービスを提供 |
セコム | 24時間看護師と連絡が取れる「セコム訪問看護ステーション」を展開 訪問介護サービス」を柱に事業展開を行っている 高齢者の趣味活動を支援する「セコムシニア倶楽部」や、セコムの医療・介護・セキュリティのノウハウを結集した有料老人ホーム「シニアレジデンス」を各地で展開している。 |
このように、近年では多くの業種が介護業界に参入しています。
2000年の介護保険制度創設から介護保険を利用したサービスが開始されたため、現在では20年以上経過しました。
そのため、当時事業を始めた経営者の多くが高齢化し、事業承継を考え始めるタイミングですが、少子化などの影響で後継者が不足しているため、従業員や親族内への継承が難しい事業者がいるため、他事業所などへM&Aするケースが増えています。
今後は下記のような内容が予測されます。
国内における介護の需要はまだ頭打ちではありませんが、将来を見越していち早く海外へ進出する企業もあります。
2020年の時点で「超高齢化社会」へと突入しているのは、日本・イタリア・ドイツの3国ですが、今後中国は急速に高齢化が進み2050年には約5億人の国民が高齢者となると予測されています。
また、内閣府の発表によると国際的に高齢化は急速に加速することが分かっています。
海外では、充実した介護サービスがまだ整っていない地域も多いため、そのような国で介護事業の地盤を築くことができれば事業拡大と売上向上を見込むことができます。
同じ介護業界といっても、「在宅介護」「施設介護」では経営に必要な資源が大きく異なります。
そのため、「在宅介護」「施設介護」の両方を運営している企業が、どちらかを売却して資源を集中させるためにM&Aを行う件数も、今後も増えると考えられます。
今回は、介護業界のM&Aについて紹介しました。
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略で合併・買収のことです。M&A自体には買う側・売る側ともにメリット・デメリットがありますが、事前にしっかりと総合計画を立てることで事業の成長や拡大に大きく貢献する手段です。
今後、国内は今まで以上の高齢化や全人口の減少から介護事業のM&Aはより頻度が多くなる予想です。
それだけでなく、国内で得た介護の知識や技術を海外へ広げるなど日本の介護事業は、世界を視野に入れた注目業界の1つです。