認知症の問題行動は、介護している方の負担を大きくするだけでなく、介護されている認知症の方にとっても悪い影響を与えます。
問題行動をする認知症の方は、家族も理解できない行動や言動をするため、どのように対応すべきなのか悩んでしまう方も多いのではないでしょうか。
この記事では、介護業界の最前線で10年以上働いてきた専門家が、問題行動の特徴や対処法について事例を交えながらわかりやすく解説します。
目次
認知症になると、周囲が予測できない行動をとることがあります。そうした行動は、本人や家族の安全を脅かす場合もあるため、注意しなければいけません。いわゆる認知症の問題行動と呼ばれているものには、以下のような事例があります。
- 周囲の人に暴力を振るう
- 屋外を徘徊する
- 食べられないものを口に入れる
- 幻聴や幻覚によって危険な行動をする
こうした問題行動が出現すると、介護者への介護負担が急激に大きくなります。そのため、認知症の問題行動への対策は、認知症ケアにおいて特に重要な課題として考えられています。
認知症は進行性の病気なので、根本的な症状を改善することは難しいでしょう。しかし、生活環境を工夫することで、症状を緩和させることは可能です。例えば、認知症と診断された男性のAさんは、認知機能の低下によって、今自分がいる場所がわからなくなることがありました。
デイサービスに通っていたAさんですが、利用中にもかかわらず「ここはどこ?家に帰してくれ」と大声で繰り返し、無理やり施設の外へ出ようとすることもあります。そこで、Aさんの娘に、今デイサービスに通う目的を説明する手紙や音声を用意してもらい、Aさんが不安に感じた時に確認してもらうようにしました。この対策によって、以前よりも落ち着いてデイサービスを利用できるようになったのです。
このように、問題行動の根本的な原因である認知症を改善することは困難ですが、環境や対応方法を工夫することで一時的に症状を緩和できる場合もあります。
認知症には、中核症状と周辺症状(BPSD)というものがあります。認知症の中核症状とは、記憶障害や認知機能障害などです。一方で、暴力や暴言、異食などの問題行動とされる症状は、周辺症状に分類されます。周辺症状が出現することで、周囲とトラブルや転倒によるケガなどのリスクが高くなるため、介護者は目が離せなくなります。
認知症の周辺症状が出現する原因には、複数の要因が関係しているとされています。脳の機能障害による影響だけでなく、生活環境や心理的要因なども複雑に絡み合って周辺症状が出現するのです。
認知症でよく見られる問題行動に対しては、いくつか有効な対処法があります。ここでは、よくある問題行動の事例と、その対処法について詳しく解説します。
元々温厚な性格だったAさんは、認知症の症状が進行するにつれて、ちょっとしたことで怒りやすくなっていました。ある日、介護者がAさんの入浴を手伝おうとしたところ、Aさんは突然怒り出し、介護者に向かって手を振り上げてしまいました。Aさんは自分が危険にさらされていると勘違いし、防衛的な暴力行為に至ったのです。
言葉や暴力で他人を攻撃する傾向がある方に対しては、まず相手を落ち着かせることが大切です。一旦、その場から離れて、静かな環境を提供し、相手の主張を聞いて気持ちを落ち着かせましょう。
レビー小体型認知症と診断されたBさんは、自宅で過ごしている際に幻覚が見えてしまうことで困っていました。Bさんは、同居している娘に「自宅に知らない人が入ってきて怖い」と幻覚のことを相談するも、娘は「それは幻覚だから」と言って話を聞いてくれません。その後も、幻覚はひどくなり、急に誰かと話し始めたり、どこかへ行こうとしたりするBさんの介護に疲れてしまった娘は介護施設へ相談に行きました。
幻覚や幻聴は、現実には見えないものや聞こえない音が、本物のように感じる症状のことです。また、財布を盗られた、などの被害妄想を抱えてしまうこともあります。こうした幻覚や幻聴などの症状がある場合は、頭ごなしに否定せず、まずは話を受け止めることも大切です。
しかし、あまりに相手の話に合わせすぎると、かえって幻覚を助長させてしまう可能性もあります。話を聞きながら、注意を別の対象に向けたり、一緒に解決策を考えたりする対応も心がけましょう。
Cさんは、認知症が進行し、自宅の場所や時間の感覚が曖昧になっていました。ある夜、家族が寝静まった頃、Cさんは「家に帰らなければ」と強く思い込み、1人で家の外に出てしまいます。深夜にもかかわらず近所を歩き回り、家族は翌朝までCさんの徘徊に気づきませんでした。幸いにも近隣住民が警察に通報して保護されましたが、場合によっては交通事故などに巻き込まれていた可能性もありました。
多動とは、目的もなく歩き回ったり、落ち着かない様子で移動を繰り返したりする症状のことです。家の中をぐるぐると歩き回るだけでなく、同じ行動をずっと繰り返すこともあります。
多動の症状が出ている方は、まずは安全を確保することが大切です。特に、野外を徘徊してしまう方は、交通事故などのトラブルに巻き込まれる可能性が高くなります。安全な場所で過ごしてもらいつつ、落ち着かない時は別のことに注意を向けるように対応しましょう。
認知症になると、自己制御が難しくなり、社会的なルールまで考えられなくなります。その結果、異性への性的な異常行為が見られるケースもあります。
認知症と診断された男性のDさんは、デイサービスへ通っています。Dさんは、若い頃から仕事一筋で真面目に働くサラリーマンで、これまで女性に対して不適切な対応をしたことは1度もありませんでした。しかし、認知症の症状が進行するにつれて、徐々に女性職員への性的な言動が多くなり、不適切な接触などが増えてきました。
こうした行動に対しては、感情的にならず、冷静に対処することが大切です。不適切な言動や行動に対しては、穏やかに注意しましょう。また、介助する服装や場所を変えてみたり、同性が介助したりする対処方法も有効です。
1人暮らしのEさんは、認知症が進行によって、自宅に置いてある食べ物を管理できなくなっていました。ある日、Eさんは、数日放置していたご飯を、そのまま食べてしまいました。幸い、軽い腹痛と下痢で症状は治りましたが、ひどい場合は食中毒を起こしてしまう可能性もあります。
異食とは、食べ物でないものを口に入れたり、食べられるものとそうでないものを判断できなくなったりする症状のことです。場合によっては、命を落とす可能性もあります。口に入れると危険なものは、手の届かない場所に保管しましょう。
認知症の問題行動がある方は、周囲の人とうまくコミュニケーションが取れなくなり、孤立しやすくなります。その結果、さらに認知症を悪化させてしまい、また認知症の症状が進行する、負のループに陥ることもあります。ここでは、認知症の問題行動によって起こるリスクについて詳しく解説します。
認知症の問題行動は、周囲の人に理解されにくい傾向があります。さまざまな問題行動が理解されないことで、認知症の方への不満や不信感が大きくなります。
これにより、周囲の人々が認知症の方と距離を置くようになり、結果として社会的に孤立してしまう可能性が高まります。社会的に孤立することで、さらに認知機能の低下を助長する可能性もあるため注意しましょう。
認知症でよく見られる徘徊や多動、異食、暴力的な行動などによって、ケガや病気になるリスクが高くなります。例えば、夜間の徘徊中に転倒してケガをする、異食によって窒息や消化器疾患を引き起こすなどのリスクがあります。また、生活習慣や食事管理ができないことから、健康状態が悪化し、病気のリスクも増加する点にも注意が必要です。
認知症の方は、認知機能の低下によって、自分で金銭管理が難しくなります。金銭管理を任せられる方が周囲にいればよいのですが、もの盗られ妄想などの症状が出現すると、自分の通帳を他人に任せることができなくなる可能性もあるでしょう。
場合によっては、自分で金銭管理ができないにもかかわらず、家族も本人のお金を管理できない状況になってしまう方もいます。認知症の周辺症状によって、お金の管理ができなくなり、困窮してしまう方も少なくありません。
認知症の周辺症状が強く出現している方は、事故や犯罪の被害に遭う可能性もあります。特に、暴力や暴言などの症状がある方の場合、他人とのトラブルに発展して、事件を引き起こしてしまうことも考えられます。
事件や事故を起こした場合、認知症の方だけでなく、その家族も一緒に法的な問題を抱える事態が発生する可能性も踏まえて対処方法を考えておくとよいでしょう。
認知症の介護は、1人でできるものではありません。特に、周辺症状が出現した場合は、急激に介護負担が大きくなるため、できるだけ専門家の力を借りることが大切です。ここでは、認知症の問題行動が出現した際の注意点について詳しく解説します。
認知症の問題行動が見られた際には、速やかに専門家へ相談しましょう。認知症ケアは、チームでおこなうものです。介護業界で働く専門家でも、チームでケアしなければ適切な介護をおこなえないことを考えると、家族が1人で解決するのは困難だといえるでしょう。
特に、問題行動が見られると、急激に介護者の負担が大きくなるため、速やかに医師や専門の相談機関、介護サービスなどのサポートを利用することが重要です。
認知症の問題行動が発生した際には、まず本人や周囲の人の安全を守ることが最優先です。暴力や徘徊などの行動が見られる場合は、まず安全な環境に誘導し、冷静に相手の主張を聞いて気持ちを落ち着かせましょう。
問題行動が繰り返される場合、住環境を見直すことが効果的です。住環境の中で余計な刺激を減らし、落ち着ける空間を整えることで、問題行動が落ち着く可能性もあります。まずは、環境の工夫で症状が軽減できないか考えてみることも大切です。
認知症の問題行動は、周辺症状と言われており、認知症の特徴的な症状のひとつです。認知症と診断された当初は見られていなかったとしても、時間の経過とともに症状が進行して、問題行動が出現する可能性があります。
認知症は進行性の病気であるため、問題行動をなくすことは困難です。しかし、対応方法や環境の工夫で症状を緩和することはできます。症状ごとに適切な対処方法を理解して、個別のケースに合わせて工夫するとよいでしょう。また、認知症の問題行動が出現すると、急激に介護負担が大きくなります。1人で介護することは困難なため、すぐに専門家へ相談して、意見を聞きながら対策を考えることも大切です。