通所介護事業所では、高齢者が共同で利用するという特性上、感染症の発生・拡大リスクが常に存在します。特に新型コロナウイルス感染症の経験を経て、感染症対策の重要性はより一層認識されており、予防対策と迅速な対応体制の構築が事業継続の生命線となっています。
2024年4月からは、全ての通所介護事業所において事業継続計画(BCP)の策定が義務化され、感染症対策は法的要求事項としても重要な位置を占めています。未策定の事業所には減算措置が適用される可能性があり、運営指導においても重点的にチェックされる項目となっています。
本記事では、通所介護における感染症予防の最新対策から感染発生時の具体的な対応手順まで、実践的なマニュアルとして詳しく解説します。利用者と職員の安全を確保し、持続可能な事業運営を実現するための重要な情報をお届けします。
通所介護事業所では、その運営形態の特性により、複数の感染症リスクが存在します。これらのリスクを理解することが、効果的な予防対策の第一歩となります。
通所介護では複数の利用者が同一空間で長時間過ごすため、一人の感染者から他の利用者への二次感染リスクが高くなります。特に食事時間や入浴時間、レクリエーション活動中は密接な接触が避けられず、飛沫感染や接触感染の可能性が高まります。高齢者は免疫力が低下しているため、一度感染すると重症化しやすく、迅速な対応が求められます。
職員が感染源となって利用者に感染を拡大させるリスクも重要な要素です。職員は複数の利用者と接触するため、感染予防策を講じていない場合、短時間で多数の利用者に感染を拡大させる可能性があります。また、職員間での感染拡大により、サービス提供体制の維持が困難になる事態も想定されます。
送迎車内は密閉空間であり、利用者同士や職員との距離が近くなるため、感染リスクが特に高い環境です。車内での会話や咳、くしゃみによる飛沫感染、手すりやシートなどの接触感染のリスクが存在します。送迎時間中は換気が限定的になることも、リスクを高める要因となります。
家族や関係者の来所、配達業者や外部講師の受け入れ、職員の私的な外出活動などにより、外部から感染症が持ち込まれるリスクがあります。地域の感染状況に応じて、これらのリスクは変動するため、常に最新の情報収集と対策の見直しが必要です。
手指衛生は感染予防の基本中の基本です。利用者、職員と共に手洗いとアルコール消毒を徹底しましょう。来所時、食事前後、トイレ後、レクリエーション前後など、具体的なタイミングを定めて実施します。視覚的に分かりやすい掲示物を設置し、正しい手洗い方法を周知することも重要です。
高頻度接触面(ドアノブ、手すり、テーブル、椅子、車椅子など)の定期的な清拭・消毒を実施します。消毒薬の希釈濃度を守り、清拭後の十分な乾燥時間を確保することが重要です。送迎車両についても、利用者の乗降前後に座席やドアノブ、手すりの消毒をおこないます。
施設内の清掃は通常の清掃に加えて、感染症対策を意識した清掃方法を採用します。使用済みタオルやエプロンなどのリネン類は分別し、熱水洗濯や塩素系漂白剤を使用した洗濯をおこないます。汚染されたリネンについては、他の洗濯物と分けて処理することが重要です。
職員に対しては、感染症の基礎知識、感染経路、予防方法について定期的な研修を実施します。実際の業務場面を想定したロールプレイング訓練も効果的です。利用者・家族に対しても、パンフレットや動画を活用した分かりやすい教育をおこない、理解と協力を促します。
職員の毎日の健康チェック(体温測定、症状確認)を実施し、体調不良時の出勤停止基準を明確にします。利用者についても来所時の健康確認をおこない、発熱や感冒症状がある場合の対応手順を定めます。健康状態の記録を保管し、必要時に迅速に確認できる体制を整えます。
全職員が標準予防策(スタンダードプリコーション)を正しく理解し、実践できるよう訓練をおこないます。個人防護具(PPE)の正しい着脱方法、使用場面、廃棄方法について実技を含めた研修を実施します。
マスク、手袋、ガウン、フェイスシールドなど、必要な個人防護具を備蓄します。感染が疑われる方への対応などにより使用量が増加した場合に備えて、普段から数日分は備蓄しておくことが重要です。備蓄品については定期的な在庫確認と使用期限管理をおこないます。
アルコール系消毒薬、次亜塩素酸ナトリウム溶液、清拭用のペーパータオルやウェットティッシュなど、日常的な消毒・清拭に必要な用品を十分に確保します。非接触式の消毒薬ディスペンサーの設置も感染リスク軽減に効果的です。
体温計、パルスオキシメーター、緊急時の隔離に使用するパーテーションやテント、感染性廃棄物処理用の専用容器など、緊急時に必要となる機器・用品を準備します。
定期的な自然換気(1時間に2回以上、1回につき数分程度)を実施します。機械換気設備がある場合は、運転とメンテナンスをおこないます。送迎車両についても、乗車中の適度な換気を心がけ、エアコンの内気循環モードは避けるよう注意します。
利用者同士の距離(可能な限り1〜2メートル)を確保できるよう、座席配置や活動スペースを見直します。食事エリアとレクリエーションエリアの分離、一方向を向いた座席配置など、感染リスクを軽減する空間設計を検討します。
可能な範囲で空気清浄機やサーキュレーターを活用し、室内空気の循環を促進します。ただし、これらの設備は換気の代替ではなく、補助的な対策として位置づけることが重要です。
感染症が発生した場合の迅速かつ対応は、感染拡大防止と事業継続の鍵となります。
利用者または職員に発熱(37.5度以上)や感冒症状(咳、鼻汁、咽頭痛、倦怠感など)が確認された場合、直ちに他の利用者・職員から隔離します。症状の詳細を記録し、医療機関への受診の必要性を判断します。症状のある利用者については、可能な限り個室または仕切りのある空間で待機してもらいます。
管理者へ緊急連絡をおこなうとともに、症状のある利用者・職員の行動歴、接触者の把握を開始します。家族への連絡をおこない、症状の発症時期、医療機関受診の有無、同居家族の体調などの情報を収集します。必要に応じて嘱託医や協力医療機関への相談をおこないます。
症状のある利用者・職員に接触する職員は、個人防護具を着用します。使用した防護具は廃棄し、接触後は手指衛生を徹底します。症状のある方には可能な限りマスクの着用をお願いし、咳エチケットの実践を促します。
状況に応じて、次のような関係機関に報告し、対応を相談し、指示を仰ぐ等、緊密に連携をとる。医師(嘱託医)、協力医療機関の医師または介護施設等の看護職員、保健所管轄保健所への相談を速やかにおこない、症状の状況、施設の概要、利用者・職員の状況などを正確に報告します。保健所からの指導・助言に基づいて対応を実施します。
嘱託医や協力医療機関と連携し、症状のある利用者の医療的対応について相談します。必要に応じて医師の往診や医療機関への受診調整をおこないます。医療機関への情報提供書を作成し、利用者の基礎疾患、現在の症状、介護度などの必要情報を正確に伝達します。
市町村担当課への報告をおこない、事業運営への影響や支援の必要性について相談します。重大な感染症の場合は、都道府県担当課への報告も必要になる場合があります。報告内容は事実に基づいた正確な情報とし、推測や憶測は避けて報告します。
2024年4月から義務化される介護施設におけるBCP(業務継続計画)に基づき、感染症発生時のBCP発動基準に該当するかを判断します。利用者・職員の感染者数、重症度、サービス提供能力への影響などを総合的に評価し、BCP発動の必要性を判断します。
感染症対策本部を設置し、管理者を本部長とした指揮命令系統を明確にします。職員の役割分担を再編し、感染対応業務、通常業務の継続、利用者・家族対応などの担当を定めます。必要に応じて法人内の他事業所からの応援体制を要請します。
感染状況とサービス提供能力を考慮し、通常通りのサービス提供、縮小してのサービス提供、一時的な事業停止のいずれかを決定します。利用者・家族には決定内容を速やかに連絡し、代替サービスの調整や在宅での過ごし方について支援をおこないます。
感染者や濃厚接触者となった職員の勤務停止、残る職員での業務分担、必要に応じた外部からの応援職員の確保などをおこないます。職員の心身の負担軽減と安全確保を最優先に配置調整をおこないます。
保健所の指導に基づき、施設の消毒・清掃を徹底的に実施します。職員の健康状態を確認し、必要に応じてPCR検査や抗原検査を実施します。利用者の健康状態についても医師の判断を含めて総合的に評価し、安全なサービス再開の条件を満たしているかを確認します。
一度に全面的なサービス再開をおこなうのではなく、段階的な再開を検討します。まず少数の利用者から開始し、感染予防対策の効果を確認しながら徐々に利用者数を増やします。再開初期は特に健康観察を強化し、異常があれば速やかに対応できる体制を維持します。
感染症対応の全過程について詳細な振り返りを実施し、対応の良かった点、改善が必要な点を整理します。BCPの有効性を検証し、必要に応じて計画の見直しをおこないます。職員からの意見・提案を収集し、次回の感染症対応に活かすための改善策を策定します。得られた経験と教訓を記録し、職員間で共有します。
通所介護における感染症対策は、利用者と職員の生命・健康を守るための最重要課題であり、同時に事業継続と信頼関係構築の基盤でもあります。平時からの備えを徹底し、感染発生時には迅速かつ対応をおこなうことで、感染拡大を防止し、早期の正常化を図ることができます。
重要なのは、感染症対策を「やらなければならないもの」ではなく、「利用者と職員を守るための重要な取り組み」として捉え、組織全体で継続的に取り組むことです。法的要求事項としてのBCP策定も含め、実効性のある対策を構築し、定期的な見直しと改善を重ねることが大切です。
また、感染症対策は単独の事業所だけで完結するものではありません。保健所、医療機関、行政機関、他の介護事業所などとの連携を深め、地域全体での感染症対策ネットワークを構築することも重要です。
感染症対策を実施することで、利用者・家族からの信頼を獲得し、職員が安心して働ける環境を整備し、持続可能な事業運営を実現することができます。今後も感染症の発生リスクは継続するため、常に最新の情報収集と対策の更新を心がけ、万全の備えを維持していきましょう。