生産性を向上させることは介護現場においても重要です。しかし、介護現場における生産性向上がどのようなものか理解している方は多くいません。
そのため、今回は介護現場における生産性向上についての説明だけでなく、実際に生産性を向上させるための方法までお伝えします。
ぜひ、最後までお読みください。
介護現場において、今まで以上に生産性を求められるにはさまざまな理由があります。
近い将来、日本では「2025年問題」という大きな問題に直面します。
2025年問題とは、2025年以降に団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、日本が超高齢化社会になることで生じる問題のことです。
この団塊の世代は1947〜1949年に生まれた世代のことで、出生数で約800万人、現在の人口で約670万人と総人口に占める割合の約5.3%という大規模な割合となっています。
参考:内閣府
国内における高齢化問題は、近年始まったものではなく、1950年に高齢化率が4.9%となって以降一貫して上昇が続いており、1970年には7%を超えて高齢化社会となりました。
参考:統計局
そして、2019年には65歳以上の割合は28.4%で3,589万人にもなっています。この高齢化率向上の傾向は今度も継続し、2036年には33.3%と3人に1人、2065年には38.4%と国民の約2.6人に1人が65歳以上の者となると推計されています。
参考:内閣府
さらに国内では、高齢化率の増加とともに人口の減少も大きな問題です。
実際、2023年1月1日現在の国内人口は、1億2,242万3,038人で、2022年と比較すると80万523人減少しています。
この人口の減少も近年ではなく、2011年以降は12年連続で減少しており、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、日本の総人口は2030年には1億1,662万人、2060年には8,674万人にまで減少すると見込まれています。
参考:国土交通省
これらの発表から、今後の国内は高齢化率の増加と合わせて人口の減少が大きな問題になることが理解できるはずです。
高齢化率が高くなると、介助を必要とする「要介護者」の方も増加します。
要介護者は要支援1〜2、要介護1〜5の段階に分かれます。
厚生労働省によると、介護保険制度が開始された2000年度の要介護認定者数は約256万人でしたが、2020年度の要介護(要支援)認定者数は約682万人となっており、約2.66倍も増加しています。
将来的には、要介護認定者数は、2035年までは増加していき、2040年にピークを迎え、988万人となると推計されています。
参考:厚生労働省
参考:厚生労働省
参考:経済産業省
ここまでの説明で分かるように、国内は高齢化率の増加と人口の減少が続くため、介護業界の人員不足が深刻です。
どれくらいの深刻さかというと、2021年に厚生労働省が発表した、「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」によると、「介護職員の必要数」と「人手不足人数」を下記のように発表しています。
介護職員の必要数 | 人手不足人数 | |
2023年度 | 約233万人 | 約22万人 |
2025年度 | 約243万人 | 約32万人 |
2040年度 | 約280万人 | 約69万人 |
参考:厚生労働省
この人員不足の深刻さは将来の話ではなく、現時点でも生じています。
実際、公益財団法人介護労働安定センターが実施した「令和元年度介護労働実態調査」によると、事業所単位で65.3%が人手不足を感じています。その中でも特に訪問介護職員に関しては81.2%が人手不足を感じていることから、人員不足の深刻さが理解できるはずです。
これまでの説明で分かるように、介護業界における人手不足は出口の見えない問題です。そんな状況のなか、注目を集めている取り組みが下記のような「介護サービスの生産性向上」です。
生産性は経済学で使われる用語で、労働・資本・設備・原材料など生産要素の投入量(=インプット)と、これによって作り出される生産物の産出量(=アウトプット)の比率のことです。
そのため、少ないインプットからより多いアウトプットが得られれば、生産性が「高い」という評価です。
生産性は業種によって異なります。
例えば、製造業であれば、資材などの材料からエネルギーを使って機械を稼働させ、社員の労働力で製品を作ります。
そのため、この場合のインプットは資材・材料、エネルギー、労働力などとなり、アウトプットが完成した製品です。
しかし、介護業界では製品を作り出せないためイメージがしにくいかもしれませんが、業務のムダを無くして効率よく仕事を行った結果、サービスの質が向上していくことなどを生産性の向上と捉えることができます。
取り組みとして、3つのM(3M)といわれている「ムリ」「ムダ」「ムラ」に着目して、業務を見つめ直すことが重要です。
介護業界における3Mの例は多く存在します。
例えば「ムリ」では、体が大きい利用者さんをスタッフ一人だけで移乗介助する、棚の上など、高いところにあるものを背伸びして取ろうとするなど、体に負荷が蓄積されてケガや事故につながったり、作業に時間がかかるといった問題が生じています。
「ムダ」の例としては、ファイルが整理されていないため、使用する度に探す必要がある、同じ内容を違う帳票に何度も転記しているなど、作業自体には時間がかからないものの、繰り返し行われることでスタッフの気力や体力を奪ってしまいます。
「ムラ」は、職員によって介護記録の記載の仕方が人によって違うなどで、仕事量やサービスの質にばらつきが生じている状態です。もし、レベルの高いスタッフに合わせることができれば、生産性は大きく向上するはずです。
実際に介護生産性向上の方法として、厚生労働省が促進している生産性向上のガイドラインでは下記の7つの取り組みが紹介されています。
参考:厚生労働省
上記で紹介されている7つの取り組みは、PDCAサイクルを行い、現場に定着させることが重要です。
参考:厚生労働省
改善には下記の「5S活動」が効果的です。
5S活動には、介護現場でよく発生する転倒・転落・食中毒などの感染症を減らし、ヒヤリハットや事故の減少につながる「安全な職場づくり」、職場から不要なものをなくしたり、いち早く認識できる状態を作ったりする「効率的な職場づくり」、衛生面・職員の身体・精神面での負担軽減・職場内コミュニケーション・報連相・チームの連携など「快適な職場づくり」の3つ目的があります。
職場内にあるものを、「要るモノ」「要らないモノ」「すぐに要らないモノ」に分けて、要らないモノをすぐに処分します。
整理は、「モノをしっかり整える、収納する」などと考えられていますが、それだけでなく、「要らないモノを処分すること」が重要です。
モノは処分しなければ、どんどんたまり、職場内の有効スペースはどんどん狭くなります。
1年に1回程度しか使用しない、保存年限が超えている書類などは要らないモノと判断して徹底的に処分します。
介護現場では、ずっと置かれているモノを、自分たちの判断で処分できずに処分していない場合が多く存在します。
そのため、職場内でルールを決めて、どんどん処分していくことがポイントです。
整理をしっかり行ったら、次に必要なものを、いつでも誰でもすぐに取り出せるように整頓します。
介護現場の多くは、複数の職員が同じ道具を共有するため、道具を使用して戻すたびに場所が変わっていたら、そのたびに探し回る必要があります。
そのため、常に全てのものを誰でも迷いなくすぐに使用できるように整頓しておきましょう。
特に施設が大きくなれば、職員数や異動などにより職員の入れ替わりも多くなるため、常に整頓されている環境は重要です。
誰が掃除をしても同じきれいな環境を作ることです。ただ、キレイさは人によって個人差があります。
そのため、曖昧な基準ではなく、帰宅する際は、「机の上はモノがない状態」にするなど基準をしっかり決めましょう。
介護現場では、食中毒・感染症予防などの観点から清掃は重要です。
また清掃を基準化にすることで、変化や異常に気付きやすくなるなど点検の効果もあります。
ここまで説明した整理・整頓・清潔の3Sが維持されている状態です。3Sの状態が維持されていない場合は、維持できなかった職員を責めるのではなく、ルールの方に問題があると考えて改善を繰り返すことが重要です。
上から下に対して言うことを聞いてもらうことではなく、清潔な状態が習慣化して、当たり前になっている状態のことです。
決められたことを、いつも正しく守る習慣が付いているため、職員1人1人が職場のささいな変化や異常に気付きやすくなるため、ミスや事故の減少にもつながります。
また何か分からないことがあった場合は、他の職員に聞くことができる環境や手順書に立ち返ることが重要です。
介護現場では介護職員が関わる業務が多く、負担が偏る傾向です。そのため、「分担の見直し」を職種を超えて行う「タスクシフティング」「タスクシェアリング」の考え方が重要になります。
「タスクシフティング」は、医師の人材不足を解消するために、医師の業務の中で看護師などの他の医療職でも行える業務内容を任せていく取り組みを意味する用語です。この取り組みは介護現場においても、介護職員の業務で他職種でも行える仕事は任せることで大きく業務量を減らせます。
また、「タスクシェアリング」は、1つの業務を複数人で分担することですが、今まで介護職員が行っていた業務を他職種も分担して行う意味で用いられます。
例えば、今まで介護職員が行っていた掃除・洗濯などを専門業者へアウトソーシングしたり、食事の準備や見守りなどを他職種に依頼するだけでも効果的です。
参考:厚生労働省
職員によって業務の進め方が異なると、業務の効率化が悪くなるだけでなく、サービスの質に差が生じてしまいます。そのような状況にならないために、写真・図などを入れた見やすい手順書を作成し活用してもらうことで、サービスの均等化と質の向上につながります。
例えば、申し送る内容を標準化することで、職員間で漏れや無駄なく情報を共有できるようになるはずです。
介護記録など、報告書の様式を工夫し、使いやすさ、見やすさを見直すことで利用者さんの経時的な変化や、職員の報告内容などの偏りが見えてきます。
また、書類の向きを変えただけで時系列がわかりやすくなったという事例もあるため、レイアウトの工夫も重要です。
様式の見直しをするとともに、勤怠管理システムなどのICTを導入し、記録を電子化にすることで業務負担の軽減が見込めるので積極的に導入しましょう。
インカムやタブレットなどのICT機器の活用することで情報共有を効率化できます。
特にインカムを使用することですぐに情報交換ができ、迅速な行動に移すことができます。また、各帳票への転記作業は、ICT機器を活用することで時間短縮ができるだけでなく、タブレット端末などを使うことで、事業所外の会議や訪問先からでもデータを簡単に入力できます。
OJT(On the Job Training)とは人材教育の方法の1つで、研修会や勉強会で
習得することが難しい実際の業務を通じて指導を行う方法になるため、新人だけでなくベテラン職員の人材育成にも有効です。
指導内容にブレが生じてしまっては、事業所全体で業務の手順やケアの質を一定に保つことが難しくなるため、OJTを通して、教える内容にムラがでない、ブレがないような仕組みや体制を整えることが重要です。
ただ、教える技術は相手の能力・知識、意欲、性格などによって変わるため、画一的ではなく、相手に合わせ柔軟に対応しましょう。
手順書をどれだけ作成しても、そこに記載されていないイレギュラーな事態が起こることも、よくあるのが介護現場です。
このようなイレギュラーな事態への対応や優先順位は、法人の理念・行動指針に立ち戻って考えましょう。
従業員が理念や行動指針をしっかり理解していれば、マニュアルにない事態が発生した場合でも、自分の判断で動くことができるため、普段から理念や行動指針を職員に浸透させる活動が重要です。
近年では、下記のような新たな方法を取り入れて生産性向上を行う場合もあります。
AI(Airtificial Intelligence)は、人工知能と解釈されることが多く、人工的に人間の知的ふるまいの一部を再現するコンピューターのことです。
単なる機械ではなく経験から学び新たな入力を獲得できるため、人間が指示を送らなくても情報を分析し、柔軟にタスクを実行できる特徴があります。
介護職員の肉体的・精神的負担を軽減することができるだけでなく、介助に必要な人数を削減できることから、業務効率化および人手不足の解消につながります。
介護現場におけるAIは下記のようなものがあります。
導入機器・システム | 効果 |
介護ロボット(自立支援、移乗支援、離床支援など) | 介護職員の身体的な負担の軽減 |
見守りロボット、センサー | ・見回りを行う頻度の減少 ・夜勤の精神的負担の緩和 |
音声入力システム | 情報入力業務の効率化 |
ケアプラン作成システム | 過去の同じようなデータを参考にして作成するため、説得力のあるプランの作成が可能 |
参考:厚生労働省
公益財団法人 介護労働安定センターが発表した「令和2年度介護労働実態調査」によると、下記のようなデメリットがあげられました。
上記などのデメリットからAIを導入している介護事業所は多くありません。しかし、AIを導入する事例が増えれば導入のハードルも低くなるため、軌道に乗ればデメリットを最小化できるはずです。
介護業界など深刻化する人手不足の産業上の14分野において、一定の専門性・技能を有する外国人材を受け入れる制度を「特定技能」といいます。
対象となる外国人は、介護技能評価試験と2つの日本語試験に合格した上で入国し、介護事業所で最大5年間受け入れることができます。その後、5年間経過すれば帰国しますが、介護福祉士の国家資格を取得すれば、在留資格「介護」に変更して、永続的に働くことができます。
参考:厚生労働省
特定技能「介護」として働く職員には、身体介護などの他に、これに付随する支援業務を任すことができるため、入浴・食事・排泄の介助などの身体介護、レクリエーションの実施や機能訓練の補助などが対象です。
しかし、訪問系サービスについては、対象外になるため注意が必要です。
参考:厚生労働省
国内における介護人材の不足が大きな問題になっていますが、特定技能「介護」をうまく活用することで人材不足の解消につながるはずです。
今回は、介護現場における生産性向上について紹介しました。
今後国内は2025年問題をはじめ、介護業界において人材不足がより問題になるため、、3つのM(3M)を「ムリ」「ムダ」「ムラ」に着目して、業務を見つめ直すことが重要です。
また、具体的な方法として、厚生労働省が促進している生産性向上のガイドラインでは7つの取り組みが紹介されているため参考にしてください。
それに加えて、介護ロボットやAI・特定技能「介護」を積極的に導入することで今まで以上に大きく生産性が向上するはずです。